文字の体系的研究をすすめる上に、字形学的研究とともに、声系・語系についても、その系列化を試みる必要がある。単音節語である中国語には、同音の字が多い。その同音関係は、端的には同じ声符で示される。同じ声符で示される文字の関係を、声系ということにする。声系に属する字には、声符のもつ本来の意味を継承するものが多い。たとえばky声(本字は。〔説文〕下に「謌ふなり」とし、「古弔切」とする)の字に
などの字があり、みなの声義を承ける。形と声において同じ系列の字であるから、字義においても同声相承けるところがあるはずであるが、しかしこの系列の字義と相承の関係を明らかにするためには、まずの字形とその意味するところを知らなくてはならない。
〔説文〕四下には、を放部に属し、「光景るるなり。白に從ひ放に從ふ。讀みて龠やくのごとくす」という。白光を放つ意の字と解したのであろう。光景を主とするならば、字は白部に属すべきであるが、〔段注〕に「白に從ひて白部に入らざるは、其の外に放つを重しとするなり」、すなわち放の意に従うものとする。徐の〔段注箋〕に「は疑ふらくはち字」として玉光の意とし、兪の〔兒笘録〕に、は放流の放とは関係がなく、白部に属しての正字とすべしというが、いずれもの字形を具体的に説くものではない。
〔説文〕放部に放・敖・の三字を列し、「放はふなり。攴に從ひ方聲」「敖は出游なり。出に從ひ、放に從ふ」という。この場合、方の形義が字の基本義をなすものと考えられるが、〔説文〕下は方を「なり」としており、放字条では方舟の解をとりえず「方聲」とする。およそ放のように攴に従う字は、の部分が攴(撃つ)の対象となる関係のものが多い。(啓)は神戸を啓ひらいて神意を問う形、數(数)さくは女の結いあげた髪(婁)をうち乱す形、敗は鼎(貝)銘を毀敗して、盟誓を破棄する意、敲は白骨を敲たたいて呪儀を行う意である。方は卜文・金文の字形によれば人を架する形。人を架してこれを殴うつことを放といい、それが邪霊を放逐する呪的な方法であった。敖とは長髪の人を架して殴つ形で、出に従う字ではない。敖声の字はおおむねその呪儀に関している。放は架屍、敖は長髪の人、白は髑髏の象であるから、とは白骨を架して殴つ呪儀をいう。その頭部を殴つ形が敲である。
kyを〔説文〕四下に「讀みて龠やくのごとくす」というのは、tjiakとの声の関係を考えたものであろうが、白骨に対する呪儀としては、殴つことのほかに、詠吟し、呵してその欲するところを求めることがあり、そのことをkyという。〔説文〕下に「謌うたふなり。欠に從ひ、の省聲。讀みて呼ののくす」とあり、声の関係を以ていえば、この声系の字はに従うべきである。おそらくもとは、・ともに声義の同じ字であったと考えられ、それで・徼の諸字は、みなの声でよまれるのである。
()声の字はみな()の声義を承け、白の意と、邪霊を祓い遠ざける呪儀とに関している。辺徼でその呪儀を行うことを徼といい、その呪霊を鼓舞することを檄といい、そのようにものを激することを激という。()声の字は、その声系がそのまま語系をなしている例である。
声系が同時に語系をなすということが、造字法の上からいえば原則であるけれども、また同声の他の字を借るということも少なくない。それで声系すなわち語系とは定めがたいところがある。
〔説文〕に(告)声の字として・(造)・誥・梏・窖・(浩)・など十八字を録する。これらの字に、声義の一貫した解釈を求めることは困難である。〔説文〕二上に「は牛、人に觸る。角に木をく。人にぐる以なり」と解し、牛が人に角をすりよせて告げようとする形と解するが、それは〔易、大畜、六四〕の「牛の」という語から附会したもので、今本は字をに作り、正字は梏で施梏の意。は卜文・金文の字形は小枝に祝告の器であるさいを著けた形、わが国でならばに申し文を結んだ形で、これを以て神に告げる意である。しかし〔説文〕に声とする十八字のうち、その声義を承けるものは「は祭なり」「誥はなり」の二条に過ぎず、は声も異なる。それで〔説文〕に声をとるものでも、会意とすべきものがあり、また他の声と別に語系の関係をもつものがあると考えられる。たとえばhuは「澆kyなり」とあり、澆は水をそそぐ意。は浩浩・浩のように用いる字である。その声義の関係からいえば、洪・鴻hong、宏hong、弘hung、(荒)xuangの系列に近い語であろう。また窖keuは「地なり」とあって、地窖をいう。その声義の関係からいえば谷kok、khut、竅khy、屈kiutなどの系列に属する語であろう。
声系の字が、その語系に属するかどうかは、声字のもつ形義の解釈によることであるから、声系の字を考えるときにおいても、基本字の字形解釈が正しく行われているかどうかが前提となる。を「光景る」、を「牛のにして、牛が人にげる」というような字形解釈の上に立つ限り、声系の問題も、正しい理解の方法に達することはできない。
清代に考証学が起こり、漢唐の訓詁学は考証学によって精密な検証が加えられ、清代の小学が成立する。清代小学は、考証学の精華ともいわれ、その大成者は王念孫・引之父子である。〔経義述聞〕はこの二代の小学家の業績の、総括を示すものといってよい。王引之の序に「大人(念孫)曰く、訓詁の旨は聲に存す。字の聲同じく聲きは、經傳々にして假借す。學聲を以て義を求め、其の假借の字を破り、讀むに本字を以てせば、則ち渙然として冰釋せん」とあり、「声近ければ義近し」という原則を以て字の通仮を論じた。巻末の〔通説、上下〕に字説の要約がある。その方法について、一、二の例をあげよう。
〔詩、唐風、鴇羽〕〔小雅、四牡・杜〕などに「王事靡」という句があり、旧注では「王事もろきこと靡なし」と訓んで、王家の命ずるところが厳にすぎることを怨む意であると解されている。しかし「きこと靡し」という否定態の表現はいかにも不自然であるので、王念孫は〔爾雅、釈詁〕に「は息なり」とあるのによってkaと(苦)khaとを同じ語とみて、「王事やむこと靡し」と解した。これで句意は通じやすいものとなる。
・は確かに声が近く、句意も通じやすいが、しかしそれならば「は息なり」とする訓を、文字学として字義に即して実証する必要がある。を息と訓する訓詁を証明しない限り、もまた通仮の字にすぎないからである。のち馬瑞辰の〔毛詩伝箋通釈〕に至って、〔玉〕〔広韻〕に「は息ふなり」とあることに注目し、をにして止息の意と解した。これによっての本字はka、一般に姑息という語の姑kaにあたるものであることが知られた。〔周礼〕に・通用の例はあるが、「靡」のはではなくであり、姑である。王念孫の苦説は、実は・姑のようなその本字を発見することによって、はじめて解決がえられるのである。
〔通説、上〕にまた弔字説がある。「引之んで按ずるに、弔字に善の義り。而れども學之れを察せず」として、〔書、大誥〕「弗弔なる天、を予にす」、〔誓〕「乃なんぢの甲冑を善ととの(繕)へ敕をさめ、〜敢て弔よからざること無なかれ。〜乃の弓矢をへ、〜敢て善からざること無なかれ」と弔と善とを同義に用い、また〔詩、小雅、節南山〕「不弔なる昊天 亂定まることる靡し」、〔左伝、荘十一年〕「宋に大水あり、弔せしむ。曰く、天、雨を作し、粢をす。何いかんぞ不弔なる」などの例をあげ、みな不善の意であるという。そして
という。「不弔」の語は金文にもみえ、人の死をいう。弔は叔の初文にして淑、〔詩、風、君子偕老〕に「子の不淑なる ここに之れを如何いかんせん」とは、国君夫人の死を悼む語である。
王引之はここでは弔に善の意があるとし、いわゆる仮借説を提出していない。また弔を善とする訓詁上の語例を提示していないが、弔には善の義はない。金文にみえる弔は象形でしやく(いぐるみ)の形、すなわち弔字で示されるものはtjiakの初文。は淑tjiukと声近くして仮借して用いるもので、弔()は淑の声を写したものにすぎない。叔sjiukの左はそのいぐるみの形、叔がの初文、その叔を淑の義に用いるという関係であった。すなわちその字形と、また通仮という過程によって、「不弔」を「不淑」とする解釈がはじめて成立するのである。
清代小学の精華といわれた王念孫父子の訓詁の学は、その用例から帰納して通仮の関係を確かめるということに終始し、その字形・声義から考えて語系をたどるという、文字学の体系を考えるものではなかった。もとよりそのような作業は、古代音韻学の知識をも必要とすることであるが、古韻二十一部説を提示してその研究に道を開いた王氏父子においても、語系の問題は容易に企図しうることではなかったのかも知れない。
声符によって声系を求め、訓詁によって通用仮借字を求めるという方法に対して、音韻によって語系を求めるという方法がある。音韻は、単音節語である中国語においては、頭音を示す声母(また紐という)と、声母につづいて韻尾を占める部分(韻という)の、韻とによって構成される。たとえば東tongはtが声母、ongが韻。声母は三十六、古代の音韻については古紐といい、王力氏はその声母を三十三とする。
また古韻は二十九部、陰・入・陽の三声に分かつ。陰は母音、入は入声の字、陽はng・n・mで終わる音となる。
陰・入は之・、幽・覺など、横の関係で通韻することが多い。これを対転、陰入対転という。陰・入・陽の各声のうちで、たとえば之幽、質、陽元のように、両韻の間に通韻するものがある。この関係のものを旁転という。この同紐・旁紐、また通韻・対転・旁転の関係にある語の間には、語系の関係にあるものが多い。たとえば〔同源字典〕には、端母同紐の字として弔俶・俶淑の例をあげている。
弔tyk、俶thjiuk(端隣紐、沃覺旁転)
俶thjiuk、淑tjiuk(禪旁紐、覺部畳韻)
そして〔書、費誓〕「敢て弔よからざること無なかれ」、〔注〕「弔はほ善のごときなり」、〔説文〕「俶は善なり」、〔詩、周南、関雎〕「窈窕たる淑女」、〔伝〕「淑は善なり」など多く経注の例をあげ、これらがみな善の義で、同源の語であるとしている。ただこれらを同源の字とするのには、なぜ弔・俶・淑にそれぞれ善の義があるのか、その字義の因るところを、字源としても明らかにする必要があるが、〔同源字典〕は一切そのことに及んでいない。いわば訓詁学的・音韻学的な説明は加えられているが、文字学的な説明が試みられていないのである。弔葬の弔に善の意があるはずはない。金文に「不弔」というときの弔は、実はtjiakの象形で叔と釈すべく、は淑と審禪旁紐、同韻の字である。叔伯の叔はまた字形が異なり、叔の左のsjiukはtsyek(まさかり)の従うところであり、は儀器として玉を用いることもあり、その材質には精良なものを用いた。これを中におくことをtzyekといい、寂の初文。人においては俶thjiukといい、俶善の意。淑は〔説文〕に「湛なり」とあって清澄の水をいう。俶に借用して「淑人君子」「窈窕淑女」のようにいう。語の同源を論ずるならば、声のみではなく、このようにその字源にまでって論ずることが必要である。
同源の字を求めてその声義を考えるという方法は、古くから行われ、漢代にすでに〔釈名〕のような専門の書が出ている。「日njietは實djietなり」「ngiuatは闕khiuatなり」「春thjiunは蠢thjiunなり」「tumはtjiumなり」というような音義的な訓は、理解しやすい例である。(冬)は(終)の初文。は織り留めの結びの糸の形で、金文に終の意に用いる。闕は厥kiuatのほうがの声義に近い。
ただこのような同源説は、ときに恣意に陥りやすく、例えば〔釈名〕「天thyenは顯xianなり」は声義はなはだ遠く、むしろ〔説文〕一上に「天はtyenなり」というのが、声義ともに近い。天はの象形、人の頭部を大きく記した形で、その頂を示す。また「地dieiは底tyeiなり」とするが、地の初文はdiutに作り、神梯を示すの前に、犠牲として牲をおき、土神(社)を祀り、神の降格するところとする意で、神降ろしをするところをいう。底は氏厥(ナイフ)で物の底部を平らかに削る意で底平のところ、とは関係のない字である。地は(隊)diut、siutと関係があり、深の地をいう。は「高きよりおつるなり」とするが、神の降格するところ、「は深なり」とあって神聖の地をいう。神の降りるところをといい、それが地の初文である。
〔釈名〕のような方法は音義説とよばれるもので、〔説文〕の訓義にもそのような方法を用いることが多い。たとえば「王hiuangは天下の歸hiuangするなり」「士dzhiは事dzhiなり」は、まさに同声の字である。しかし同声であるから、その原義も等しく、同源同系の語であると定めうるものではない。王は鉞の刃部を下にしておき、玉座の象徴とするもので、鉞頭の象。戉(鉞)hiuatは王と同系、王の呼称もその儀器の名から出ていることが知られる。王の上部、柄を装着する部のところに、儀器として玉飾を加えることがあり、その字は皇huang、王の転音とみられる。
王の出幸のとき、王はこの儀器を足の上に加える。その字はわう、上部は之(止、趾の形)。儀器の呪力を足に移して出発するので、は(往)の初文。も古くはに従う字であった。王ととが同声であるのは、儀器としての王による出発の儀礼を、その儀器の名によって往といったからであって、王に帰往の意があるからではない。
士dzhiは、儀器としての王の小型の鉞頭の形。その身分を示す儀器である。事は卜文・金文では()・事一系の字。shiはもと祭祀。が祝冊を木の枝に著けるように、は祝冊を木に著けて奉持する形。卜辞によると、内祭を史祭という。外に出て祀ることをshiといい、祭祀の使者をいう。その使者の行う祭祀を事dzhiといい、大祭には大事といった。事の字形は、使者を示すの上部に、外に使することを示す偃游(吹き流しの類)を著けている形である。事は史の掌るところで、字形の上からも士とは関係がない。それで〔説文〕が「士は事なり」というのは誤りであり、同声ではあっても同源、同じ語系の語とはしがたいのである。
語系を考えるとき、まず声義の関係が問題となる。声が近く、義もまた近いというときに、語としての両者の関係を考えることができるからである。この場合、同じ声符をもつ字の関係、すなわち声系については、すでに述べた。ただ同じ声符をもつものであっても、それぞれの字の間にどのような共通義が生ずるのか、各字とその声符との間にどのような声義の関係があるのかという問題があり、また各字の字義が展開してゆくなかで、他の語系とどのように接触し、関わってゆくのかという問題がある。そのような展開を通じて、系は紀となり綱となり、語は万象に通ずるものとなる。
〔説文〕に曷声の字として(喝)・・(謁)・・歇・碣・・(渇)・(掲)など、二十六字をあげる。曷hatは曰(祝告)とkatとに従い、その会意字であり、の亦声の字である。は〔説文〕十二下に「气なり。人をと爲す。安のなり」とあり、亡人の象であるとするのは正しいが、「气なり」とするのは字義に合わず、は金文に求の意に用い、「用て年をもとむ」「用て眉壽をむ」「用て多をむ」のようにいう。が求の意となるのは、その屍骨を呪霊として、希求の呪祝を行うからであろう。その音系に希求の意があるらしく、乞khit(气の初文、气の字をも用いる)、gin()、(祈)giaiなども金文にみえ、(幾)kiiは経籍に多くみえる。
曷に求の義があり、求めることの実現を願って、激しく呵する意であろう。〔説文〕に「何なり」とあり、呵する意より「なんぞ」という疑問詞となる。その声をxatという。曷・はもと擬声的な語であろう。遏atは呪祝して抑止する意で、「鎭壓」の壓(圧)eapと声義が近い。壓は犬牲を供えて、邪気を鎮圧する意の字である。iatは曰hiuat、(説)jiuatに近く、懇願する意を含むようである。呪祝を行うときにも、威圧的な方法もあり、媚悦を以てする方法もある。声高で声の涸れることをkhat、一息つくことをkhiat、すっかり尽きることを歇xiatまた竭giat、呪祝を高く掲げて呪禁とすることをgiat、碑として墓域にとどめるものを碣kiatという。みな・曷より分岐して、その声義をえているものである。
声符の異なる字の間にも、声義近くして一系の語をなすものがある。これは、曷が曷声の諸字に声義ともに分化していったのと異なって、もと異なる声系に属するものが、共通義をもつ他の声系の字と接近して、そのような関係によって一つの語系をなすもので、本書でとり扱う「語系」とは、主としてそのような関係にあるものをいう。王力氏の〔同源字典〕も、主としてそのような声義の関係の字を扱っている。古くは〔釈名〕〔説文〕にみえる音義説的な解釈、のちには王念孫父子、段玉裁などの訓詁学的な研究、また下って章炳麟などの音韻研究も、多くこの問題をとり扱っている。ただ音義説はもとより、王念孫父子の訓詁学的方法、章炳麟の音韻学的方法には、それぞれその方法になお不十分なところがあることについては、すでに述べた。
王力氏の〔同源字典〕は、これら先行の研究者の成果を十分に顧慮しながら、同源の語を求める方法を詳論し、音韻学的な法則をも厳密に規定した上で、多くの同源の語群を録している。本書の「語系」の執筆には、主としてその書を参照したが、なお新たに加えたところも多く、特にその語系形成の基本となる字形学的・字源的な解釈を新たに加えた。王力氏のこの書は、同源の字について多く訓詁経注の類を引いて、訓詁的実証を試みている。その方法は清代小学家のなすところと、ほとんど異なるところがない。しかし訓詁は、いわば用字法上の慣例であり、結果としての現象であるから、同源の根拠は、字義そのものの系統的理解の上に立って、語系の各字に共通する声義の関係を、字形学的に説明するのでなければならない。本書では簡略であるがその方法を補うことによって、語系の問題に文字学的に依拠するところを与えることを試みた。たとえば否定詞の無の系列に属するものとして、〔同源字典〕には以下の諸字を表示している。
無(无)miua‥毋miua〈同音〉
無miua‥罔miuang〈魚陽対転〉
無miua‥mak〈魚鐸対転〉
無miua‥靡miai〈魚歌通転〉
靡miai‥miat〈歌対転〉
miat‥末muat〈部畳韻〉
miat‥未勿miut〈物旁転〉
これらはすべて(明)母の字で否定の意味をもつ語であること、また各字について多く訓注の例をあげ、訓詁上同義の字であるとする説明がある。
これらの字が、声近くして通用の関係にある字であることは、訓詁の例からも疑いのないことであるが、しかしこのように多様な文字の中には、本来その字義をもつものもあり、その演繹義によるものもあり、また仮借によるものもあると考えられる。それで字の本義に即した、字形学的な解釈を加えることが必要であると思われる。
そのような関係の最も知りやすい例としては、たとえば擬声語をあげることができよう。擬声語は音によって状態を示すものであるから、たとえば水の音、風の声などには、相似た声のものが多い。そのような類をこえて、たとえば「速く飛ぶ、速い」というような共通の意味をもつ語が、数多く生まれることになる。たとえば
蜚phiui 飛piui pi 飆pi bhi 飄phi 彭pi 驫pi phyen・phiuan
はそれぞれ声近く、みな疾飛・疾走の状をいう語である。蜚は虫が飛ぶこと、飛は鳥、その々として飛ぶをという。は犬、驫は馬、をなびかせることを彭という。は猛火で屍を焚き、ものの飃揺する象、そのような状態を風に移して飆といい、飄という。扶揺とは飄の長音化した語である。それぞれの字形と語において示されるものは異なるが、示すところの共通の観念があり、語として相近いという関係にある。このような関係のものを語系という。
語系をまとめるのには、単に声義の近い関係のものを集めて類比を試みるだけではなく、それぞれの声義の因るところを明らかにし、その共通義のあるところを明らかにして、はじめて語系を構成することができる。たとえば、句ko、曲khiok、局giokは、みな勾曲の義があり、一系の語をなすものと考えられる。句声・曲声・局声の字もそれぞれの声義を承けるものが多い。〔説文〕に「句は曲なり」「鉤は曲なり」「は曲背なり」、〔釈名〕に「曲は局なり」、〔玉〕に「跼は跼して伸びざるなり」など、訓詁の例は多いが、基本的には句・曲・局それぞれの字の原義を明らかにし、その原義のうちに、通用の義を求めうるのでなければならない。
句は、人の句曲した形である勹に、口を加えた形である。口は祝告の器で、この字は人を葬るときの形をいう。局はその繁文に近く、これも屈肢葬をいう字である。句・局は同義の字であるが、句には一くぎり、局に終局の意がある。曲の初文は竹で編んだ筐の形。祭器のほきも竹器を用いることが多く、金文のの字形は曲の形に従う。筐(匡)khiuangは曲と双声の語である。
局は屍を局束して葬る屈肢葬であるので、屈kiutもまたその声義が近い。局のような姿勢で人を罪することを亟kikという。上下を狭めたところに人をおしこめ、前に呪祝の器()をおき、後からおしこめる形の字。両手で強くかかえることをkiukという。これらはすべて窮屈な状態にあることを示す語で、それぞれ表現のしかたは異なるが、その共通項をもつ語であり、同源の語である。その語群を次第によって整理し、分派し演繹してゆく過程を追跡してゆくと、言語の体系の全体にわたる脈絡がみえてくるかも知れない。
どのような言語体系のものであっても、その語源学的研究に何らかの成果が求められるとすれば、それは言語一般の歴史の研究に大きく寄与することができると考えられる。多くの言語体系のなかでも、中国では文字の起源も古く、その文字資料も連綿としていて、各時代にわたり豊富を極めており、資料的にこれほどゆたかな世界はない。かつ単音節語の表記法として、一字一音節をとるほかなかった漢字は、語の形態に著しい変化を受けることもなかった。殷虚の甲骨文を、そのまま後世の文献と同じように読んで理解できるという事実は、他の言語・文字の体系のなかでは考えられない、まことに驚異的なことである。
単音節語には、語としての形態の発展が乏しく、漢字はその字形上に、文字成立当時の原初の観念をそのままとどめている。その後の字義の展開については、各時代の用義法をたどることによって、綿密に追跡することができる。また他の文字と結合して作られる連文(連綿字・連語とも。熟語)のありかたを通じて、語義の広がりを把握することができる。それで、本書に試みたような声系・語系の問題を単位として、その系列を群別として体系化し組織してゆくならば、この言語体系の原始の状態から、他に匹敵するもののない文字文化の展開の過程、そのみごとな成就の次第をうかがうことができよう。
単音節語である中国語、その表記法としての漢字は、また語の原始性を保存する上に、極めて好適な条件をもっている。与えられたその字形は、成立以来の形をもちつづけていて、変化することがなく、その字形にこめられている原初の観念を忠実に維持しており、そこには文字の成立した当時の心性が認められる。ことばの最も原始的なものはオノマトペ、擬声的な言語であるが、漢字にはオノマトペ的な語が多い。さきにあげた疾飛するもの、蜚・飛・・飆・・飄・彭・驫・なども、もとはみな擬声語であり、それを具体的なものに即してそれぞれに字形化したものにすぎない。擬声的な言語においては、一般に母音には曖昧さや暖かさ、やさしさがあり、歯音には寂寥・沈静・清澄の感があり、喉音には緊張と扞格、脣音には破裂・摩擦の状態を示すものが多い。二字連文の語彙にもその類のものが多く、曖昧・潺湲・剞・挑達・霹靂など、双声・畳韻の語となることがある。オノマトペの語が極めて基本的なものであったことは、その声系・語系によって語の展開を考えると、容易に知ることができる。
たとえば皮biaiは、獣皮をぎとる形を示す字であるが、同時にそれを取するときの音を示す語である。peokとは取する行為をいう。皮をぐという行為が、生活を営む上に重要なことであり、多くの事象がその観念と連鎖することによって、皮声の字が生まれた。披phiai、波puai、陂piai、被biai、坡phuai、簸puai、頗phuai、跛puaiはみな皮声の字であるが、皮は単なる声符でなく、皮に対するいわば原体験的なものが、ここに反映していると思われる。それはまた皮に近い声義をもつ(覇)peak(雨ざらしの皮)、白beak(頭顱)、ひらひらと分散するものの意をもつphe、phuat、phe、(薄)bak、byen、(平)bieng(手斧でぐ)、番buai(獣の掌の形)とも連なるもので、みなその状態に近い擬声語であり、それぞれの事象の具体的なありかたを字形化したものにほかならない。これらはまた合して、オノマトペの一群を構成する。このようにしてオノマトペとしての語群を拡大構成することができるのは、漢字のまた大きな特質の一つといえよう。
漢字の声系・語系について項目を設け、簡単な記述を試みたのは、このように漢字を通じての言語学的な問題への可能性を、いささかでも指摘しておきたいと考えるからである。