字通の編集について
1.本の趣旨

本書は、〔字統〕〔字訓〕につづいて、一般辞書としての編集を試みた。〔字統〕は字源、その字形学的な研究、〔字訓〕は漢字を国字化する過程についての問題をとり扱ったものであるが、本書では、それらの問題をも含みながら、字の用義法を中心として、辞書的な編集を試みることを趣旨とする。字の用義法は、主として二字の連語(連文ともいう。熟語)によって示されるものであるから、所収の語彙もその範囲のものにとどめ、ひろく名詞・名物、また語句の類に及ぶことを避けた。漢字の本来の字義と、その用義法を通じて示される字義の展開を明らかにすることを、主とするものである。それで書名にも「辞書」の「辞」を用いず、「字通」と名づけた。通とは体系、文字の形・声・義を、それぞれの体系においてとらえることを目的とするという意味である。この書は、文字に組織を与え、体系を与えることを目的としている。そのことが、漢字を理解し、使用する上に、基本的に必要な、基礎的なことと考えるからである。

文字に組織を与えるとともに、その用義例を通じて、中国の文献が、かつてわが国で占めていた古典の教養としての意味を回復し、そのような表現に親しむ機会を提供するということも、私の意図するところであった。中国の文献は、かつては訓読法によって、そのままわが国の人々にもよまれ、その教養の一部をなしていた。それは今日においても、古典として、他に匹敵するものをみないゆたかな世界であり、しかもそれは久しくわが国の文化の中に生きつづけ、今もその生命を保ちつづけているものである。漢文の教育が廃止されて久しいが、わが国が東洋の文化に回帰することの必要性は、おそらく今後次第に自覚されてくるのではないかと思う。そのためにも、古典への教養のみちは、つねに用意しておかなくてはならない。

この書では、文字の用義例として、かつて国民的な教養の書として親しまれていた文献や詩文からその例を求め、それを読み下し文で掲げることにした。表現が完結性をもち、文意や事実の関係が理解されるのでなければ、用例として掲げる意味のないことであるから、その意味で完全主義をとることにした。そこに一つの知識としての、具体的な事実や表現を求めうるものであることを意図した。

辞書の全体を、組織的に、体系あるものとして編集すること、そのために文字の形・声・義にわたる系列的な記述を加えること、またその用語例を通じて、中国の古典を、ひろく一般の教養として回復すること、この二点が、本書を編集するにあたって、私が意図し、特に留意を加えたところである。